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日本人の誇り 国歌を大切に

という投稿文朝日新聞 01月09日 朝刊の欄に載っていた。この投稿者の方は合唱団に属していて毎年成人式で国歌を唄うのを楽しみにしている。団員の何人かは
  「国歌を歌うから参加しない」
という。この非参加表明した人を非愛国者としているのが投稿文である。

この投稿文が凄い論理構成なんだなぁ。

戦争に突き進んだ軍国日本が許せないという気持ちが国歌国旗に向くのだろう、と非参加者の気持ちを推測

国旗国歌は国を表す、と断言 (この根拠は何処から来たのかについては不述。唐突だなぁ)
国とは国民の事 (自民党の改憲論者はその様には考えていないようだけれどね)
戦争に敗れたからと言って単純に国旗国家を捨てるのか、と詰問調 (戦勝していれば文句を言う人は圧倒的に少なかったかもね。しかし、敗戦と軍国主義はイコールではあるまい。軍事費が国家経済を圧迫し国民に悲惨な生活を強いるという例も多々ある。戦勝国でも家族が戦死していれば非戦論者・反戦論者も出てくる。)
多くの人の犠牲の上にいまの平和がある。ありがたさを忘れていないか?とまたまた詰問調 君が代を歌わない、という姿勢と、多くの人の犠牲の上にいまの平和があり、そのありがたさを忘れている、はイコールではない。多くの人の犠牲の上にいまの平和があり、そのありがたさが判るからこそ、君が代を歌わない、という人もいる。)
国旗国歌を認めないということは自分の国を認めないということ (これも一方的だねぇ。国旗・国歌 = 国家 という前提ありき、だね。)

人それぞれの考え方があって良いと思うんだれけどね、この投稿者は「自分と異なった考え方は、その存在を許さない」と考えているようで怖い。

君が代を歌いませんが日本という国を誇りに思っております。追記:Jan 15 2006

という内容の文が朝日新聞 01月09日 朝刊の欄に、先日の反論・返答として載っていた。

君が代を歌わない・日の丸を揚げないのは戦前に思想の統制・内心の自由を押さえつけるということが有り、いまもそれが心配だから、という。

ほとんど同意なのだけれど、
  君が代を歌わなかったり、日の丸を揚げなかったりした人の方が、平和を世界に広げ、真の愛国心を持つ人たちが多いはず、
というところが、賛成できない。この投稿者は「自分は正しい、自分と異なる考え方は間違い」と考えている。思考の内容以前に考えの論理性が先日の投稿者同様、危険である。考えている内容は全く反対なのだけれどね。

初出 Jan 09 2006
更新 Jan 15 2006


 

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